Chrysler History 1920s

1920s

クライスラー社の誕生。
それは、クルマの未来が拓いた瞬間でもあった。

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Chrysler History 1920s
「私は、何か作ることが好きだ。仕事をすることが好きだ。私の楽しみはそれに尽きる」

すべては、一台の「研究室」から生まれた。

銀行から多額の借金をしてまで購入した人生最初のクルマを、運転する前に分解してしまったウォルター・P・クライスラー。彼は優秀な鉄道技師であったが、交通の主役が鉄道から自動車に代わることを早くから予見していた。クルマを購入した彼の目的は、自動車のメカニズムや部品の素材を学ぶことにあったのだ。まさに一台のクルマが「研究室」となった。この経験が、自らの運命だけでなく、クルマの未来をも変えることになる。

世界最高のクルマをめざせ!

やがてクライスラーは、自動車業界へと転身。ビュイック社やウィリス・オーバーランド社などの自動車メーカーで指導者として辣腕ぶりを発揮する。そして1921年、不調のマックスウェル・チャルマーズ社を救済する職に就く。経費削減や販売計画の見直しなどにより、業績を見事に回復させたクライスラーは、長年の夢であった自らのクルマを同社で製造する決心をする。彼がめざしたクルマは、「5人乗りに十分な広さがあり、価格や維持費が経済的であること、そのうえ耐久性に優れ、高性能であること」というものだった。先進技術にこだわり、最高の素材を追求しながら、ついには68馬力という当時としては強力なパワーを生み出す高圧縮6気筒エンジンの開発に成功する。速さだけでなく、確かなブレーキ性能を持つクルマこそが最良のクルマであると考えていたクライスラーは、開発されて間もない油圧式ブレーキを採用。多くの自動車メーカーが、頻繁な調整を必要とする機械式ブレーキシステムに満足していたが、彼のこだわりにより、クルマの安全性は飛躍的な進歩を遂げることになる。

あきらめない気持ちが、クライスラー社を生む。

1923年5月下旬にボディやシャシーの設計が承認されたものの、マックスウェル・チャルマーズ社にはクライスラーのクルマを大量生産するだけの資金がなかった。彼はあきらめることなく、あるユニークな作戦によって、投資家を募ることを考えた。1924年、ニューヨーク自動車ショーの会場近くにあるホテルのロビーにクルマを展示。ホテルに宿泊するジャーナリストや自動車ディーラー、投資家たちの注目を集め、資金を調達することに成功する。インパクトのあるPR戦略が功を奏し、クライスラーの初めてのクルマ「クライスラー・シックス」は晴れて生産を開始。1925年、ウォルター・P・クライスラーを社長とする「クライスラー社」が誕生する。クライスラーは自分たちの製品がいかに優れているかを証明するため、世界的に権威あるレースに積極的に参戦した。インディ500において最速記録を更新して優勝するなど、輝かしい戦績を収めたクライスラー車は、「高性能・高品質なクルマ」という評価を急激に高めていくことになる。クライスラー社の快進撃が始まった。

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1930s

エアロダイナミクスから生まれたクルマ、
「エアフロー」に人々は遥かな未来を見た。

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「私は、人が興奮しているのを見ることが好きだ。人は興奮しているときこそ、人生の成功を生み出すのだ。」

世界恐慌を乗り越えて。

1929年に世界を襲った大恐慌は、多くの企業に大打撃を与えた。そのような状況にあっても、ウォルター・P・クライスラーは臆することはなかった。ダッジ・ブラザーズ社の買収や、低価格のプリマス、デソートの販売などによる多角化に成功。さらに、経営の合理化を押し進め、困難を極めた時期を見事に乗り越えたのである。

エアロダイナミクスへの挑戦。

クライスラーが目指し続けていたもの、それは「時代を先駆けるクルマ」であった。彼のブレーンの一人、カール・ブレアは、1927年頃より、エアロダイナミクスの研究を着々と進めていた。当時のクルマのデザインは、洒落っ気を微塵も感じさせない四角形が常識で、空力は航空機のためのものという考えが一般的であった。ブレアは、窓の外をクルマと変わらない速度でゆっくりと飛行する戦闘機を見て、クルマの性能の向上にも空力が役立つのではないかと思い立ったのである。さまざまなデザインの試作車を造っては風洞実験を繰り返し、クライスラーの想いをカタチにしていった。

クライスラー・エアフロー誕生。

そして1934年、自動車史に残るモデルがその姿を現した。世界で初めてエアロダイナミクスを取り入れた「クライスラー・エアフロー」である。あまりに未来的なフォルムは、それまでのクルマのデザインの常識を遥かに超えていた。また、性能面でも驚くべき進化を遂げていたのである。流線型のボディにより、燃費や最高速度が向上。リアの傾斜にともなって、エンジンをフロントアクスル前部に移動し、座席をホイールベース内にレイアウト。その結果、重量配分が改善され、なめらかな乗り心地と広々とした室内空間を実現した。また、曲線を基調としたデザインは、スチール製の「セーフティ・ケージ」と呼ばれる補強を組み込んだ構造に最適で、乗員の安全性を飛躍的に高めることとなった。

技術力で他社を圧倒せよ!

先進技術の粋を集めたエアフローの登場は、各自動車メーカーのエンジニアたちを大いに刺激したが、一般の消費者からは受け入れられなかった。あまりにラジカルなデザインが敬遠されたのである。ビジネス的には失敗に終わったエアフローであったが、クライスラー率いるクライスラー社は、エアフローの開発によって、クルマのテクノロジーを劇的に発展させることに成功した。1935年、「クライスラー・エアストリーム」を発表。オートマチックのオーバードライブ機能や簡略化したスターティングなど、エアフローで培った技術を取り入れ、大成功を収める。それ以降、ライバル各社がエアフローのような流線型モデルの開発に傾倒していく中、クライスラー社は技術力の強化に注力していく。

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Chrysler History 1940s

1940s

ウォルター・P・クライスラー、永遠の眠りにつく。
そして世界は、戦火の渦へ。

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「どんな偉大な会社であっても、各自の持つ知能やエネルギーを出し合い協力し合うことで成果を生み出す。」

時代の先を行くな。時代に寄り添え。

エアフローの失敗は、その後のクライスラーブランドのデザインに強い影響を及ぼした。つまり、斬新なデザインよりも万人受けのするデザインへとシフトしていったのである。たとえば、クライスラー初のエステートワゴンであるタウン&カントリーは、コンサバティブなデザインと快適性、品質の高さで人気を集めた。そのため、全てのクライスラー車に、タウン&カントリーのデザインが取り入れられることになった。

ウォルター・P・クライスラー、永眠。

1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発。その翌年、クライスラー帝国を短期間で築き上げた自動車業界の巨人、ウォルター・P・クライスラーは、病でこの世を去る。65歳であった。偉大な支柱を失ったクライスラー社に、戦争がさらなる追い打ちをかける。戦火の拡大に伴う、業務内容の変更である。戦車、軍用トラック、戦闘機の製造を強いられ、戦争の渦に巻き込まれてしまうのである。

終戦。人々の期待は、新車へ。

1945年、終戦を迎えると、堰を切ったように各自動車メーカーから、洗練されたデザインのニューモデルが次々と発表された。当然、クライスラーブランドにも大きな注目が集まった。しかしクライスラー社は、期待とは裏腹に戦前のデザインを継続。タウン&カントリーをベースに、コンバーチブルと2ドアセダンをラインナップするにとどまったのである。それでも、世の中のゴルフ人気の高まりとともに、順調に売り上げを伸ばした。

新しい時代の到来を予感させる技術革新。

この頃のクライスラー社は、デザインの追求よりも技術革新に力を注いでいた。パワーステアリング、ラジエーター・キャップ、エアコン、4輪ディスクブレーキなど、業界初の技術を次々に開発。現在の自動車テクノロジーの基礎を築いていく。しかし世間から見たクライスラー社は、かつての輝きを失っていた。1946年からの2年間、一切のモデルチェンジを停止。1949年にモデルチェンジを再開するが、それは誰にも気づかれないレベルの改良であった。戦前のエンジンとデザインを使い続けるクライスラーブランドは、このまま凋落の一途をたどるかに思われた。しかし、50年代に入ると状況は一変する。

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1950s

脅威のハイパワーエンジン"HEMI"の誕生。
クライスラーの勢いが、再び点火する。

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「私は、何か作ることが好きだ。仕事をすることが好きだ。私の楽しみはそれに尽きる」

圧倒的なパワーを誇る高性能エンジン。

1951年、クライスラーに大きな転機が訪れる。第二次世界大戦中に製造していた航空機用エンジンのノウハウを転用したV8エンジン「ファイアパワー」の誕生である。特徴的な半円球型燃焼室を持っていたことから、後に“HEMI(ヘミ)”の愛称で親しまれることになる。同じ排気量のエンジンと比べて20%以上も高馬力など、そのパフォーマンスは画期的なものであった。クライスラーはHEMIエンジンをひっさげて数々のレースに参戦。輝かしい戦績を収める。

サーキットを駆け抜けた美しき野獣。

エアフローでの失敗からおよそ20年間、クライスラー車のデザインはコンサバティブな路線を進んでいた。しかし50年代に入り、チーフデザイナーのバージナル・エクスナーは、方針を大きく変えた。人々を一目で虜にするような最先端デザインの追求に、舵を切り直したのである。同時にHEMIエンジンは300馬力まで性能を高められ、1955年に誕生したクライスラー・300に搭載された。洗練されたフォルムと強烈なパワーを融合したクライスラー・300は、「美しき野獣」と呼ばれ、主要なレースでその名を轟かせた。ついにはNASCARサーキットを制覇。最速記録を次々と塗り替えていった。

新技術の開発ラッシュ。

クライスラー・300登場の興奮が覚めやらぬ1957年、テールフィンや四灯式ヘッドライトを搭載した新型300が発表される。トーション・エア・サスペンション・システムにより、車高が低くなり、ハンドリングも改良。さらにオートパイロット・クルーズ・コントロール、集中パワー・ドアロック、トルクフライと名付けられた押しボタン式トランスミッションなど、数々の技術が採用された。翌1958年に発表された300Dには、電子制御式燃料噴射装置が搭載され、390馬力のHEMIエンジンも開発された。

再び、リーダーの座へ。

エクスナーは、300のデザインを進化させながら、有名なクライスラー・ノースマンをはじめとするコンセプトカーのデザインにも着手。1950年代は、その後のクライスラー車の方向性が確立された時代だと言ってもいいだろう。クライスラーは、創始者であるウォルター・P・クライスラーが理想とした技術力、開発力、デザイン力を取り戻し、自動車業界のリーダーというポジションへ見事に返り咲いたのである。

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1960s

技術の進化とともに、
より洗練された高級感あふれるブランドへ。

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「私にとって、昼も夜も、すべての時間が奇跡のようなものだ」

華美なスタイルから、直線基調のスタイルへ。

1960年代に入り、クライスラー車は新しい車体構造であるユニボディを採用。従来のラダーフレーム型の車体より遥かに剛性が高く、ハンドリングと走行安定性が大きく向上した。そして、チーフデザイナーがバージル・エクスナーからエルウッド・エンゲルに替わり、クルマのデザインにも大きな変化が現れる。50年代のモデルがフィンを取り付けるなど華美なデザインであったのに対し、60年代になると直線を基調とした高級感あふれるデザインへとシフトしていったのである。

クライスラー・タービンの登場。

技術面では、60年代の初期にバッテリーの充電効率を上げ、適切な電圧調整を行うACオルタネータを開発。また1960年型のクライスラー300Fに採用されたラム・インダクション・マニホールドは、405馬力を発生することに成功した。この当時開発された技術の中でも、クライスラー社の長年の研究開発の頂点と言えるのは、1963年に登場したクライスラー・タービンであろう。クライスラー・シックスの時代から、エンジニア達は、高効率を命題にエンジン開発に取り組んできた。そして、1954年より、ガスタービンエンジンの研究をスタート。クライスラー・タービンは、ガスタービンエンジンの実用性をテストするための実験車両として少量生産された。このエンジンは、経由、ガソリンはもちろん、ジェット燃料、植物油など、何でも燃料にできるという画期的なものであった。3年間に渡り消費者テストが繰り返され、後のエンジン開発にフィードバックされる貴重なデータを集めることに成功した。

高級車ブランドが、ライバル。

クライスラー車は、直線的で重厚感あふれるスタイルへの転換を図り、実用的でレスポンスに優れたモデルを発表することで、1960年代を通して高級イメージを獲得することに成功した。リンカーンやキャデラックなどの高級車ブランドと競合することとなり、70年代まで熾烈な販売合戦を繰り広げることになる。

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Chrysler History 1970s

1970s

オイルショックが時代の流れを変える。
クルマのダウンサイジングへ。新たな挑戦の始まり。

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Chrysler History 1970s
「仕事に興奮できない人とは、仕事をすることに満足しているだけで、価値あることはまだ何も達成していない」

自動車業界を震撼させたオイルショック。

70年代に入り、「大排気量エンジンこそが優れたエンジン」という理念のもと、クライスラー社はフルサイズに特化したモデル開発を推し進め、記録的な業績を上げていた。しかし、1973年オイルショックが勃発。排気ガス規制などのあおりを受け、これまで大排気量を誇っていたクライスラー車は不利な立場に追い込まれていった。消費者の関心も、燃料消費を抑えた小型車や輸入車へ移っていったのである。

クライスラー初のミドルサイズカーの誕生。

好調から一転、深刻な危機に見舞われたクライスラー社であったが、1975年、クライスラー・コルドバによって、初めてミドルサイズカテゴリーへの参入を果たす。2ドアハードトップクーペであったコルドバは、トレンドを取り入れたサイズもさることながら、精悍でスポーティなデザインが話題となり、瞬く間にベストセラーモデルとなった。1977年に発表した同じくミドルサイズのクライスラー・ルバロンも評判となり、クライスラー社の業績は見事に危機を脱したのであった。

ピンチは、チャンス。新たな技術革新へ。

世界中を震撼させたオイルショックを契機に、クライスラー社の技術者たちは、政府による厳しい排気ガス規制と燃費に対する規制対策に真っ向から取り組むことになった。大排気量路線を走り続けてきたクライスラー社にとって、それは新たな挑戦の始まりであった。開発されたテクノロジーのひとつが、希薄な混合気を燃焼させることによって排気ガスの低減と低燃費を両立する、エレクトロニック・リーンバーン・システムである。このようにクライスラー社は、オイルショックに端を発する時代の変化に押し流されることなく、ピンチをチャンスにするという発想で、効率化の技術を獲得していくのである。

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Chrysler History 1980s

1980s

景気低迷が続く中、
クライスラー社を大きな成功へと導いた、Kカー。

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小型FF車プラットフォームの開発。

景気低迷などの逆風の中で、クライスラー社は「Kカー」と呼ばれるコンパクトFF車のプラットフォームの開発に着手。1981年、プリムス・リライアントを発表する。コンパクトなボディサイズでありながら十分な室内空間を確保し、アメリカ車らしいゆったりとした乗り心地やパフォーマンスの高さなどが人気を呼んだ。クライスラー社は、Kカーシリーズのラインナップを拡充。1985年、Kカーをベースにしたクライスラー・ニューヨーカーを発表。太いCピラーと木目調パネルを多用したインテリアが特徴的な高級車である。87年にはルバロン・コンバーチブルがデビューした。このモデルは、アメリカ製コンバーチブル復活の記念すべき第一号となった。

ミニバンの歴史は、クライスラーから始まった。

さらにKカーのプラットフォームは、ミニバンのベースとして採用される。アメリカではヤングファミリー層の増加に伴って、一家全員で乗ることができ、かつ経済的なクルマへのニーズが高まっていた。クライスラーは1977年からミニバンの開発を開始。「一般家庭のガレージにも納まるバン」をテーマに、新しいカテゴリーの創造という難関に挑んだ。1983年、世界初のミニバンであるプリムス・ボイジャーが誕生。現在のミニバンブームの先駆けであり、それまで「バンといえば巨大なもの」と考えていたアメリカ人の価値観を変えた、画期的なモデルとなった。

スポーツクーペでマーケットを拡大。

勢いに乗るクライスラー社は、新しいマーケットへの進出を果たす。クライスラー・レーザーは、先進のターボチャージャーを搭載したスポーツクーペで、若い世代から絶大な人気を誇った。その後、クライスラー社はバリアブル・ノズル・デザインを採用することで、ターボチャージャー技術に磨きをかけていく。

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Chrysler History 1990s

1990s

コンセプトカーを、「夢のクルマ」にしない。
一気に未来を引き寄せるモデルが続々登場。

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自動車の未来を予測するコンセプトカー。

90年代に入るとクライスラー社は、斬新なデザインのコンセプトカーを次々と発表。1991年のクライスラー・300や1992年に発表されたシーラス・コンセプトなど、未来からやって来たかのようなクルマたちは、クライスラー社の発想力のレベルの高さや感性の鋭さを世界に知らしめた。

先進のモデルで、自動車業界の先端へ。

1993年、キャブフォワード・デザインのコンコルドによって、クライスラー社は再び自動車業界のリーダーに返り咲く。フロントガラスを寝かせてボンネットに向けて前進させ、車体の4隅にタイヤを配置して室内空間を広く取ったキャブフォワード・デザインは、従来の設計やデザインの概念を覆す先進的なものであった。コンコルドはマーケットでも高い評価を得て、驚異的な売り上げを記録。翌年デビューしたクライスラー・LHSはさらに話題を呼び、クライスラーの快進撃は続いた。また、ミニバンである「タウン&カントリー」も安定して販売台数を伸ばし、「クライスラー」は幅広い顧客から支持されるブランドとなった。

コンセプトを現実にせよ。

1995年、クライスラー・シーラスを発表。数年前に発表したコンセプトカーそのままのデザインで登場し、ファンをあっと言わせた。コンセプトカーを量産するという考えはクライスラー社の基本理念であり、デザイン力と技術力、すべてにおいて先進性を追求し続けてきたのはそのためであった。1999年には、伝説の「300レター・シリーズ」の魂を受け継ぎよりモダンに洗練された300Mを発表。また同じ頃、これまでにないセグメントを創造するクライスラー・PTクルーザーが発表された。デザインのテーマは「モダン・クラシック」。歴史や伝統からインスピレーションを受け、未来を切り開くというクライスラー社の企業姿勢が強く表れた一台であった。PTクルーザーは革新的なモデルとして、瞬く間に多くのファンの心をつかんでいった。

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Chrysler History 2000s

2000s

革新的なデザインと最新技術の融合。
クライスラーの新世紀が、幕を上げた。

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Chrysler History 2000s

アメリカンデザインの再起。

新たな世紀を迎えてからの10年間は、クライスラーにとってデザインと革新で偉業を達成する時期となった。最も象徴的なのは「クライスラー・300C」の発売である。クライスラー・300Cは、1955年以来世の中に興奮をもたらし続けてきた勝者の血統を誇る300シリーズの最新世代。2005年の発売時、驚くほど魅力的なクライスラー・300Cは自動車業界の目を再びデトロイトに向けさせ、偉大なるアメリカンデザインとして新たなスポットライトを浴びた。スポットライトを浴びた。

デザインとテクノロジーの新たな時代へ。

デザイン革新における輝かしい成果は、クライスラー・300Cに限ったものではない。世界中で絶大なる人気を獲得した「PTクルーザー」は、モダンな快適性とModel Aワゴンを大胆にカスタマイズして楽しむホット・ロッドをイメージしたレトロな感性を融合。クライスラーが築き上げてきた伝統からインスピレーションを受け、曲線を多用したフォルムによって一大ブームを巻き起こし、デザインの新たな時代を切り開いた。日本市場では、生産終了した現在でも根強いファンがいるほど大きな支持を得たのである。 またミニバンも大きく改良された。フラッグシップモデルである「ボイジャー」には、開発者たちが多くの技術、特に安全面での革新を加え、新たな世紀のベンチマークのポジションを確立した。

揺るぎない哲学と最先端の技術との融合により、さらなる高みへ。

クライスラーには、「目的のあるデザイン」という哲学が息づいている。将来を見据えた革新的エンジニアリングを採用した高級車でも、より身近なものにできる理由はここにある。そしてフィアットグループとの提携によって最新技術と高度なエンジニアリングソリューションを獲得。さらなる強みを持ったクライスラーは、乗る人の期待に応え、刺激的で、効率が良く、信頼できる安全な車の創造を目指し続けた。

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Chrysler History 2010s

2010+

米国を代表するブランドへ、再び。

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Chrysler History 2010+

Chrysler 300Chrysler YPSILON

広告キャンペーンの成功により、ブランドが完全復活。

クライスラーは、そのポピュラーな広告キャンペーンにも明らかなように真のアメリカンブランドである。2011年、クライスラーブランドはスーパーボウルの広告で「Imported from Detroit®」キャンペーンを実施し好評を博した。この広告キャンペーンによりブランドは活性化し、記録的売上を達成。

大胆なモデルチェンジの実施と斬新なニューモデルの投入。

このタイミングで、クライスラー・300Cはデザイン面、機能面でモデルチェンジを実施。最高のクラフツマンシップが発揮された美しいエクステリアデザイン、丹念に作り上げられたインテリア、8速オートマチックトランスミッションと燃費の向上による抜群のドライビングエクスペリエンスのすべてを備えた。また同時にクライスラーの新たな試みとして、プレミアムコンパクトの「イプシロン」を発売。アートの領域まで高められた独特のフォルムをはじめ、機能性や快適性にもクライスラーのクルマ作りに対するこだわりが見える一台となった。

本質とスタイルの追求は、我々のDNAに宿る揺るぎない意志。

野心的かつ創造力に満ちたアメリカンスピリッツを標榜するクライスラーブランドは、今後も本質とスタイルを追い求め続ける。品質、デザイン、クラフツマンシップ、パフォーマンス、効率性、革新、そしてテクノロジー。クライスラーはそのすべてを追求し、誰もが手にできる高級車を仕立て上げていく。